【読んだ】橋本健二『新・日本の階級社会』

新・日本の階級社会 (講談社現代新書)
▼要するに経済構造の矛盾が非正規雇用の人に集中してますよ、という割とマルクスさんなお話。定義やニュアンスの説明に色々不足はあるなと思ったんですけど、しかし「階級」という言葉に政治的なインパクトを意図されてるのは明らかかと。ただ同時に著者は、今の政治状況が、現状の階級対立構造に対して明らかに機能不全である事も指摘する。で、その要因が自己責任論だと。

▼紙幅の大半は、2015年のSSM調査の結果分析に割かれている。社会階層ではなく「階級」という言葉を使い、(多分)日本の生産人口を5種類に分類しますよと。その分類が「資本家階級」「新中間階級」「正規労働者」「アンダークラス」「旧中間階級」だと。で、この中で特筆すべきはアンダークラスだと。本書によれば(強調)、アンダークラスとは要は非正規雇用の男女であり、近年急激に増加していると。分析によって明らかになるのは、労働者全体で見た時に個人収入は減少しているものの、正規労働者の賃金は上がっていると。すなわち、労働者の内部でも正規雇用と非正規雇用の格差が開いていると。その結果として生まれているのは、「アンダークラスという新しい下層階級を犠牲にして、他の階級が、それぞれに格差と差異を保ちながらも、程度の左派あれそれぞれに安定した生活を確保するという、新しい階級社会の現実(P80)」だと。で男性の非正規雇用労働者も諸々だいぶ詰んでるんですけど、現在の制度下では、とりわけ女性の非正規労働の人の状況が厳しいと。

▼階層帰属意識について。実際の格差拡大は近年の話ではなく、ここ40年以上進行していると。しかし、近年の変化は「意識の階層化」で、要は「豊かな人々は自分たちの豊かさを、また貧しい人々は自分たちの貧しさを、それぞれ明確に意識するようになった(P31)」と。

▼階級の固定化について。案の定、階級は固定されていて、世代間移動は起こりにくくなってますよと。

▼政治意識について。本書は、「再配分は必要、なぜなら現状の格差は正当なものではなく、また格差を是正しないと社会的な損失がでかすぎる」という明確な立場を取る(従って、政策提言もこの立場に則ってなされる)。その上で、所得再配分への支持を妨げるのは「格差拡大への認識不足」と「自己責任論」のふたつで、厄介なのが後者だと。散々言われてるように自己責任論の根拠ってかなり脆弱なのに、かなりのボリュームの人にこれが支持されていると。

▼で、「格差拡大容認」「自己責任論支持」「再分配反対」の3点セット揃ってるのが自民党ですよねと。ただ、かつてのように「富裕層→自民党支持」「労働者→野党(社会党とか)支持」みたいな明確な構図は崩れてると。あと、「再配分支持で排外主義」みたいな、これまでの政治的対立構図からは外れる人も出てきてると。まあ要するに、単純に「自民党への対抗政党の不在」ですよねと。で、色々階級ごとの政治意識とか見てみると、どの階級にも「格差拡大否定」「自己責任論否定」「再配分支持」の人はいるけど、彼らの受け皿になる政党はないと。なので、リベラル派は階級横断して連携した方がいいよね、と。

▼確かに類型的な筆致は反感を買いやすいだろうな、と思いました。あと、例えば規制緩和に伴う雇用制度の変化の経緯とか、政治経済的な要因の分析はかなり簡略化しているとも思いましたし、各所にある結論だけ取り出すととりわけ新奇な話が強調されている訳でもないとも思いました。ただそれは単に役割分担の話で、「そういう事をする本だから」あるいは「そういう事をする本ではないから」という事かと思います。相関関係の分析と因果関係の分析があった時に、この本は前者に寄った話をしているんじゃないかと。むしろ大規模かつ継続した調査と分析に基づいたエビデンスベースドの話を提示してくれる事には敬意と感謝を向けなければダメだと思います。

▼ただ、とはいえ「本書をとった読者などは、高学歴のホワイトカラーが大部分で、周囲の同僚や友人の多くもそうだろう(P68)」とか、普通に煽りとして下手なんじゃないの、と思う所も結構ありましたね。あと、もしも一般書として出すのであれば、統計的手法がどう位置づけられているのかとか、質的なリテラシーを少し紹介してほしかったとも思います。あと、まあやっぱり「階級」と「階層」の違いは説明してほしかったですね(僕もこの本読みながら復習しました)。多分、本質的にはドライでかなりテクニカルな書籍なのですが、一般読者への色気の出し方はもう少し別のやり方があるんじゃないのかな、とも思いました。