【読んだ】萱野稔人『死刑 その哲学的考察』

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)
■おそらくは根源的な問題意識として、「議論とはどうあるべきか」という事があるのだと思う。冒頭で「死刑の是非をめぐっては賛成か反対かの二つの立場しかない」(P15)とした上で、賛成派と反対派のいずれの主張にも誤謬や詭弁が含まれることをテンポよく指摘していく。第1章で死刑の是非は普遍主義的に論じないといけない、と言っているんだけど、要はこれまで賛成派も反対派も議論に窮すると相対主義に逃げてきた事を指摘しているのかと。とは言え「サヨク嫌いの左翼」という明確な立場性を感じる筆致で、8:2くらいの割合で死刑反対派への批判が多い(笑)。ただ、リベラル派にせよ左翼にせよなんでも良いんだけど、制度論や実証で行き詰まると感情論を出してきたり、そもそも主張を貫徹できていなかったりと、色々不誠実さを感じる事は僕も多かったので、この問題意識には非常に共感する。

■これまで死刑の議論で持ち出されがちだった犯罪抑止力の有無や、道徳論というのは突きつめて考えると死刑の是非を決定する論拠にはなり得ないと。あと個人的は遺族感情と処罰感情の話が興味深かった。遺族感情については、それが無視できない問題である事を指摘しつつ、しかし反対派は元より賛成派も本来的に遺族感情に向き合ってこなかったと。その論拠として、多くの人が死刑の議論で遺族感情を根拠にする反面、日本の犯罪被害者遺族救済は世界的にかなり遅れている事が指摘される。その上で、ここで持ち出されているものは遺族感情への配慮ではなく、むしろ皆が持っている「処罰感情」を、遺族感情を盾にして正当化してるのであると。そして更に加えて著者は、この「処罰感情」に向き合わない限り、反対派は賛成派には勝てない、とする。

■で、死刑の是非を決定するのは「冤罪の問題」しかないと。冤罪の問題は単にミスやイレギュラーな事態なのではなく、公権力がもつ本来的な性格から不可避のものであると。従ってなんらかの対策や改善で冤罪のリスクが消せるものではなく、従って死刑は廃止するべきである、と。

■彼の国家論は「小手先のナショナリズム批判を振りかざす左翼が国家とはなんたるかを全く理解していない」という問題意識が明確にあると思う。そして、国家権力が不可避である事を誠実に見据えた上でのハンドリングする事が必要、みたいな事だった気がする(ウル覚え)。死刑も制度の問題である以上、議論の質に限らず事態は進む訳で、そろそろ ヌルい事ばっか言ってるとヤバいよ、という事なのかと。まあ、議論の進め方にはややオラつき感を感じたし、結構強引に話の道筋作るなーとも感じたのだけど、とはいえ、自分のことを「君はここがダメなんだよ」って比較的誠実に指摘してくれた人をネトウヨ認定して溜飲を下げる様な振る舞いよりは5億倍くらい誠実なんじゃないかな、と感じた。