【読んだ】中北浩爾『自民党 「一強」の実像』

自民党―「一強」の実像 (中公新書)
▼頻繁に言われる様に、かつての自民党政治の特徴は「(1)ボトムアップとコンセンサスを重視する意思決定」と、「(2)派閥政治によって生まれる党内の多様性」であり、これが利益誘導政治をもたらしていたと。それが94年の政治改革、小泉改革民主党への政権交代等々の転換点を経て崩壊していく過程と、それを経ての安倍政権の政治手法を分析するのが本書のコンセプトかと。

▼例えば小選挙区制度の導入によって生じた事のひとつに、族議員の弱体化があると。中選挙区制度の元では、例えば農林なり建設なり水産なり政策分野一本で勝負しても選挙区内で他の議員と棲み分けができたと。しかし小選挙区制度の元では選挙区内のあらゆる要望に応えなければならず、そんなもん無理やろと。

▼派閥の弱体化もやっぱ小選挙区制度の影響がでかいと。すなわち選挙区内で棲み分けができない以上、公認に際して派閥の影響力は低下すると。加えて政治資金改革で議員への資金配分は派閥経由から議員個人への直接交付になったと。で、こんなんやったら議員が派閥に属するメリットって昔ほど切実なものではなくなってるよね、と。

▼友好団体(業界団体)も、経済縮小と政治改革の影響で影響力を失っていると。因みに業界団体は財界(経団連)とそれ以外では全く意向が異なっていると。後者は利益誘導を求めてきたのに対し、前者は一貫して利益誘導政治を批判し続けており、企業を通じた政治献金を続ける理屈も一筋縄ではなかったんだよ、と。

▼その他にも事前審査制から官邸主導への流れとか諸々あるわけですが、要するに利益誘導政治ができなくなり、固定票も減ってると。そしたらどうやって票を取るかって言ったら右翼っぽい理念とかで浮動票を取るしかないという話ですよねと。なので多分、今の自民党の右傾化については、どちらかというと消極的な成り行きでああなってるんでしょうね。多分それはマーケティングの発想なんでしょう。

▼本書の最後にある、安倍と小泉の比較は面白かった。小泉改革インパクトはやっぱりデカかったんだけど、小泉の動機は要は田中派を潰す事だったと。それは彼の政治家としての原点が角福戦争での敗北にあり、田中派に象徴される利益誘導政治を解体したかったと。従って人事も派閥に基づく慣行を無視してかなり排他的な事をやったんだと。

▼対して安倍の政治的な原点は自民党の下野であり、そこでの主要敵は民主党だったと。安倍は小泉の後を継いだ訳ですが、改革の結果支持基盤が弱体化している事への危機感がベースにあるのかと。従って必要なのは小泉的な党内改革ではなく、民主党への対抗のための党内結束だと。なので人事もかなりバランスを見ていて、安倍の党内支持が高いのはこの手法の巧さ故だと。因みにアベノミクスって結局、かつての公共事業を通じたインフラ整備と新自由主義的な政策の両立を狙っていると。要は、小泉がやり過ぎだったとしたら、安倍はそこで失われたバランスを取ろうとしている、ということかと。多分、安倍の右翼っぽい感じとか金融政策の過激さとかってのは本人の信条に基づくものではなく、どちらかと言うと行きがかり上やらないといけない役割を引き受けている、という感じなんじゃないかと。

▼改めて感じたのは、戦後の日本にはやっぱり分厚い「社会」というのがあって、それがめちゃくちゃ薄くなっているのが今、という事なんだろうなと。とはいえ、そのかつてあった「社会」ってのはめっちゃ前近代的なものだったんでしょうね。良し悪しは別にして、おそらくは投票行動についても「個人が数百万円得(損)をする」というのとは全く別の投票の動機がかつてはあったんでしょうが、今はそういうの全く無いんだろうなと。

自民党―「一強」の実像 (中公新書)

自民党―「一強」の実像 (中公新書)